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カチカチの世界に、オノマトペの魔法を。〜AIと育む「生っぽい」こころ〜
カチカチの世界に、オノマトペの魔法を。〜AIと育む「生っぽい」こころ〜
こんにちは。今日も子育て、本当にお疲れ様です。
発達の相談に来られる親御さんとお話ししていると、皆さん本当に勉強熱心で、頭が下がる思いになります。
「スケジュールをカチッと決めましょう」
「お部屋をきっちり構造化して、過ごしやすくしましょう」
教科書に書いてあるような正しい子育てを、一生懸命がんばっていらっしゃいますよね。
でも、ふと思うことはありませんか?
「正しいルールに囲まれて、
この子の『生っぽい感情』が、どこか置き去りになっていないかな?」って。
失敗しないように、はみ出さないように、お利口さんでいようとする。
それはとても安心なこと。だけど同時に、
世界がツルツルと滑って、どこか冷たく感じられてしまうこともあるのです。
そこで今、当院がちょっと面白い試みとしておすすめしたいのが、
「AIにオノマトペをガッチリ使わせて、一緒に遊ぶこと」です。
お利口さんなAIから、ぬくもりのあるAIへ
いま流行りのAIってお利口さんですよね。
正論をペラペラ喋って、親切だけど、どこかロボットの冷たさがあります。
そこに、「ガックリ」とか「ウキウキ」とか、オノマトペ(擬音語・擬態語)をたくさん混ぜて会話させてみるんです。
すると、ガチガチだった機械の言葉が、ふんわり丸みを帯びてきます。
ルールや理屈(左脳)を飛び越えて、
相手の心(右脳)にじわじわとダイレクトに届く温かさが生まれるのです。
現代という「時代の変曲点」に、ドロップキックを。
いまの時代、私たちは大人も子供も、頭(左脳)ばかりがブクブクと肥大化しています。
情報過多で、正論ばかりを気にして、身体の感覚や右脳の野生がカサカサに眠ってしまっているのです。
だからこそ、このツルツルした効率主義の社会に、オノマトペでドロップキックを食らわせたい。
言葉の理屈をバサッと脱ぎ捨てて、まずは身体で「響き」を感じる。
そうやって、肥大化した脳をボトムアップに、下からググッと整えていく。
右脳をビリビリと刺激して、眠っていた生身の感覚を呼び覚ます。
それこそが、AI依存のその先にある、新しい時代の「生きる力」だと私たちは信じています。
こころの病気の正体は、「もし〜〜だったらどうしよう病」
実は、子育てでこころが疲れてしまう原因の多くは、ある「脳のバグ」にあります。
私はそれを、「もし〜〜だったらどうしよう病」と呼んでいます。
「もし、明日も学校に行けなかったらどうしよう」
「もし、このまま引きこもりになったらどうしよう」
これ、頭が良すぎるから起きる病気なんです。
「もし〜〜」という1つのきっかけに対して、脳の中で悪い妄想がドバババッと無限に広がって、
頭の中が真っ黒に塗りつぶされていく。
行き先が分からない恐怖に、脳の奥の「扁桃体」がビクビク怯えてフリーズしてしまう状態です。
この無限ループを断ち切るために、
脳のルールを書き換えて、矢印の行き先を1つに固定してしまいましょう。
無限に広がる「どうしよう」のモヤモヤを、「〜〜なら、こうなるだけ」と、
1つの具体的な行動に強制的に着地させるのです。
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もし、明日学校に行けなかったら?
→「家でゴロゴロするだけ」
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もし、将来仕事に就けなかったら?
→「その時、使える福祉を調べるだけ」
「どうしよう(無限)」を、「〜〜するだけ(1つ)」にズドンと落とし込む。
行き先が「1つだけ」に決まった瞬間、
脳のムダな計算はスン…と止まり、アラームは鳴り止みます。
起きていない未来のパターンをいくつも抱え込む必要はありません。
今ココにない未来は、ぜんぶ「空っぽ」でいいのです。
しゃぁない、しゃぁない。
……なんて、色々とお話ししてきましたが。
いま問題の真っ最中で、心がキリキリしている時には、
こんな話きっと頭に入りませんよね。それでいいんです。
一生懸命に考えて、あれこれ手を尽くして、ちょっと疲れて、
「あぁ、もうどうしようもないな…」と、諦め混じりのムードになった時にこそ、
この言葉がスーッと腑に落ちるはずです。
「しゃぁない、しゃぁない」
そうやって肩の力がふっと抜けた瞬間、肥大化した脳の檻はパカッと開きます。
難しく考えなくて大丈夫。
カチカチに固まった毎日に疲れてしまったときは、いつでも気軽に相談してくださいね。
オノマトペをまといながら、いつでもお待ちしています。