あいデンタルメディカルクリニック コラム

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スマホ社会への静かな抵抗

スマホ社会への静かな抵抗

―「利便性」という名の依存に抗うという選択―

久しぶりに学会のホームページにアクセスした。
まだ移行期といった印象はあるが、個人情報の一元管理とその二次利用は、確実に進んでいる。

便利になる。
確かにそうだろう。

だが、その「便利さ」はどこへ向かっているのか。

 

ぼくはLINEを使わない。
キャッシュレス決済も使わない。

不便だと言われることもあるが、不便さはそれほど問題ではない。
むしろ問題なのは、「依存」である。

 

ぼくにとって世界は、
予測+ズレでできている。

人は予測しながら生きている。
しかし、完全に予測通りの世界は存在しない。
必ず「ズレ」が生じる。

このズレこそが、
驚きであり、学びであり、そして「生きている実感」そのものだ。

 

デジタルは、このズレを極限まで減らそうとする。

最適化されたリコメンド、
摩擦のない決済、
自動化されたコミュニケーション。

それらはすべて、「予測の精度」を上げる方向に働く。

だが同時に、
ズレ=ノイズ=無駄として排除していく。

 

そして気づけば、
ぼくらは「予測された世界」の中で生きるようになる。

それは快適だが、どこか薄っぺらい。

 

ぼくはデジタルを否定しているわけではない。
あくまで「道具」として使っている。

しかし、
生存の根幹までは預けない。

ID、財布、そして命。

それらを一つの端末に集約することに、
ぼくは本能的な違和感を覚える。

 

この違和感の正体は何か。

それは、
透明性の非対称性だと思う。

 

管理する側は、
「透明性」「効率性」「安全性」を掲げる。

だが実際には、
見えているのは利用者の側だけであり、
管理する側の内部は見えない。

誰が、どのように、何のためにデータを扱っているのか。
その全体像は、常に不透明なままだ。

 

つまりこれは、
「見られる側」と「見る側」の非対称な関係である。

そしてこの構造は、
権力の構造そのものだ。

 

「利便性」は、その非対称性を覆い隠し、我々を家畜化する

便利だからいいじゃないか。
早いからいいじゃないか。

そうやって、少しずつ、
自分の輪郭を外部に委ねていく。

 

ぼくは、それを拒む。

 

スマホ一つで何でもできる社会。
それは確かに合理的だ。

だが同時に、
それは「一箇所に集約された脆弱性」でもある。

もしそれが壊れたら。
もしそれが奪われたら。
もしそれが制御されたら。

 

だからぼくは、
あえて分散させる。

手触りを残す。
 現金を持つ。
 紙を使う。
 人と直接やり取りする。

それは時代遅れかもしれない。

だが、
完全に管理された世界に対する
小さなバグとしての存在でありたいと思う。

 

最適化されたシステムにとって、
バグは排除すべきものだ。

だが、人間にとっては違う。

バグこそが、
自由であり、創造性であり、余白なのだから。

 

「利便性」という名の依存に抗うこと。

それは、単なるノスタルジーではない。
むしろ、これからの時代における
一つの生存戦略なのだと思う。

スマホ社会への静かな抵抗・実践編

―「その時、あなたは自分を証明できますか?」―

前述したように、ぼくはLINEを使わない。キャッシュレスも使わない。

それは思想でもあり、同時に「備え」でもある。

 

想像してみてほしい。

南海トラフ地震のような大規模災害。

 停電。通信障害。サーバーダウン。

そのとき、
デジタルデータが閲覧不能になったらどうなるか。

スマホ一つに集約された社会。
それは平時には「最適解」に見える。

しかし有事には、
**単一障害点(Single Point of Failure)**になる。

 

オールインワンの最大のリスクは何か。

それは、危機意識の消失だ。

 

「全部スマホに入っているから大丈夫」

この安心感こそが、最も危うい。

 

管理者の立場から見れば、
一元管理された個人情報は効率的で扱いやすい。

だが利用者の側から見れば、
それは極論すれば、
コントロールしやすい存在になるということでもある。

 

だからこそ、
ぼくは「分散」を選ぶ。

 

自己防衛としての“紙のポートフォリオ”

マイナンバーカードやマイナポータルに頼らなくても、
物理的に自分を証明できる状態をつくっておく。

これはアナログ回帰ではない。
リスク分散という戦略だ。

 

1. 医療・健康

・資格確認書(従来の健康保険証)
・お薬手帳(紙)

→ 災害時、最も早く必要になる情報。「何を飲んでいるか」は命に直結する。

2. 年金

・ねんきん定期便
・年金手帳    → データが飛んでも、履歴の“証跡”を残す。

 

3. 資産

・通帳(紙)・不動産登記簿謄本(全部事項証明書)

→ 「持っていること」を証明できなければ、持っていないのと同じになる。

 

4. 本人確認

・運転免許証
・パスポート
・戸籍謄本

→ 最後に自分を守るのは、システムではなく「証明できる自分自身」。

 

バグとして生きる

最適化された社会において、
ぼくのような存在は「非効率」かもしれない。

だがそれでいい。

 

すべてが同期し、
すべてが予測され、
すべてが管理される世界。

そこでは、
ズレも、余白も、そして自由も失われていく。

 

だからぼくは、あえて残す。

手触りを。紙を。
オフラインの自分を。

それは不便のためではない。

生き延びるためだ。

AI によって生成された画像