あいデンタルメディカルクリニック コラム

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花粉症の薬が心臓電気生理学を変えた日 ― トリルダンショック

花粉症の薬が心臓電気生理学を変えた日 ― トリルダンショック

春になると、クリニックは花粉症の患者さんでいっぱいになる。
毎年この季節になると、ふと思い出す薬がある。

 

トリルダン(一般名は テルフェナジン)

 

研修医だった頃、

不摂生をしていた私はまだ花粉症に悩まされていた。

その頃、花粉症の新しい切り札として登場した抗ヒスタミン薬。

眠くなりにくく、よく効く。患者さんにも医者にも人気の薬だった。

 

しかし、ある時期から奇妙な報告が出始めた。
「突然の失神」
「原因不明の心室性不整脈」

その薬は、心臓の hERGカリウムチャネル を阻害し、

QT延長を引き起こす可能性があることが分かり、やがて市場から姿を消した。

いわゆる「トリルダンショック」である。

 

不思議なもので、

その頃から私は心電図や不整脈の世界に興味を持ち始めた。

薬が消えたあとも、QT延長やイオンチャネルなど不整脈の研究の道に進んだ。

 

しかし、物語はここで終わらない。

その後の抗ヒスタミン薬は、分子構造のレベルから設計が変わった。
脂溶性で塩基性だった従来の構造から、カルボキシ基を導入し親水性の構造へ。

脳に入りにくく、心臓イオンチャネルにも作用しにくい分子設計が主流になった。

現在よく使われている アレグラ(フェキソフェナジン)は、

実はテルフェナジンの活性代謝物である。

勿論、同じ系統の薬でも、安全性は大きく改善されたので安全だ。

更に、もう一つ。

それまで薬の安全性評価ではあまり注目されていなかった「QT延長」が、

創薬における重要なチェック項目になったのである。
今では新薬開発の初期段階で、hERG阻害の有無を必ず調べる。

花粉症の薬の副作用が、心臓電気生理学と創薬安全性の歴史を変えたといえる。

春の診察室で処方箋を書きながら、時々そんなことを思い出す。
花粉は毎年飛んでくるが、医学の歴史もまた、こうした出来事の積み重ねでできているのだろう。